フィットネス

トミージョン手術、その先の未来へ:長く険しいリハビリの道のりと確かな一歩

野球選手にとって、肘の靭帯損傷は選手生命を脅かす大きな壁。トミージョン手術は希望の光ですが、その後のリハビリは想像以上に長く、そして深い道のりです。今回は、そのリハビリ期間と効果的なトレーニング方法について、私の視点からお話しします。

マウンドでボールを投げる野球選手
再びこの場所に立つために。その一球に、乗り越えてきた日々の全てが込められている。Source: Pixabay / pexels

「トミージョン手術」という言葉を聞くと、多くの人がまず思い浮かべるのは、大谷翔平選手やダルビッシュ有選手といった、野球界のトップスターたちの顔かもしれませんね。彼らがこの手術を受け、そして見事に復活を遂げた姿は、肘の故障に苦しむ多くの選手にとって、まさに希望の光そのものです。でも、この手術が成功したからといって、すぐにグラウンドに戻れるわけではないんですよね。その裏には、想像を絶するほど長く、そして地道なリハビリの道のりが横たわっています。正直なところ、私も最初は「手術すれば終わり」くらいに思っていた時期もありました。でも、調べていくうちに、その過程がいかに過酷で、精神的にも肉体的にもタフなものなのかを知り、深く考えさせられました。

この手術は、正式には「肘内側側副靭帯再建術」と呼ばれ、損傷した肘の靭帯を、自分の体から採取した別の腱(前腕や太ももなど)で置き換えるというもの。近年の成功率は非常に高いと言われていますが、それはあくまで「競技に復帰できる」という指標。手術前のパフォーマンスレベルに完全に戻り、さらに進化するためには、リハビリの質がすべてを決めると言っても過言ではありません。実際、多くの選手がこのリハビリ期間を経て、以前よりも力強いボールを投げるようになるケースも少なくないのです。

長く険しい道のり:リハビリ期間の全貌

トミージョン手術後のリハビリ期間は、一般的に12ヶ月から18ヶ月、つまり1年から1年半もの時間を要します。これは、移植した腱が靭帯として肘の骨にしっかりと生着し、野球のような高負荷の動きに耐えられるようになるまでの、いわば「組織の再構築」に必要な時間です。この長いプロセスを理解し、焦らず一歩一歩進むことが、未来の自分への最大の投資になります。

手術直後の数週間は、ギプスで肘を固定し、徹底的に安静を保つ時期です。このフェーズでは、指や手首を軽く動かす程度に留め、患部の炎症を抑え、組織の初期治癒を促すことが最優先されます。正直、アスリートにとって「何もしない」ことは、トレーニングよりも辛いかもしれません。しかし、この時期の我慢が、後の回復を大きく左右するのです。

その後、理学療法士の指導のもと、徐々に肘の可動域を取り戻す訓練(ROMエクササイズ)が始まります。最初はほんの少し曲げ伸ばしするだけでも、痛みや恐怖を感じるかもしれません。しかし、ここで焦りは禁物。毎日数ミリずつでも、着実に可動域を広げていく地道な作業が続きます。この段階で無理をすれば、再建したばかりの靭帯に過度なストレスがかかり、回復が遅れる原因にもなりかねません。専門家の声に耳を傾け、自分の体と対話しながら進めることが何よりも大切です。

理学療法士が患者の肩のリハビリをサポートしている
専門家との二人三脚が、長く暗いトンネルを抜けるための確かな光になる。Source: stevepb / pixabay

肘だけじゃない:全身を鍛え直すトレーニングの本質

リハビリが進行し、手術から約4〜6ヶ月が経過すると、いよいよ本格的な筋力トレーニングが始まります。ここで重要なのは、「肘の怪我は、必ずしも肘だけの問題ではない」という視点です。投球動作は、足で地面を蹴る力から始まり、体幹、肩甲骨、そして肩、肘、指先へと、全身が連動して初めて成り立つ運動です。どこか一つでも機能不全に陥れば、そのしわ寄せが最も弱い部分、つまり肘に来てしまうのです。

そのため、リハビリ期間中のトレーニングは、肘周りの筋肉だけでなく、全身の再教育に焦点を当てます。特に、股関節の柔軟性とパワー、体幹の安定性、そして肩甲骨の可動性は、投球パフォーマンスの根幹をなす要素。スクワットやデッドリフトで下半身と体幹を強化し、バンドトレーニングで肩甲骨周りのインナーマッスルを徹底的に鍛え直します。この地道な基礎トレーニングが、肘への負担を軽減し、より効率的でパワフルな投球フォームの土台を築くのです。

多くの人が「トミージョン手術を受けると球速が上がる」という噂を耳にしたことがあるかもしれません。これは、手術そのものによる魔法ではなく、この長期間にわたるリハビリを通じて、選手が自身の身体と向き合い、弱点を克服し、全身の連動性を取り戻した結果に他なりません。怪我をしたことで、かえって自分の身体への理解が深まり、結果としてパフォーマンスが向上する。まさに「怪我の功名」と言えるでしょう。

再びマウンドへ:スローイングプログラムとメンタルケア

リハビリの最終段階、それはスローイングプログラムの開始です。手術から半年以上が経過し、十分な筋力と可動域が戻ったと判断されてから、ようやくボールを手にすることができます。最初はネットに向かって、ほんの数メートルの距離から、山なりのボールを投げることから始まります。この段階では、投げることへの恐怖心を克服し、新しい身体の使い方を確認することが目的です。

そこから、数週間ごとに少しずつ距離と球数を増やしていく、非常に緻密に管理されたプログラムが続きます。週に数回、決められた本数を投げ、その都度、肘の状態をチェックする。少しでも違和感があれば、勇気を持って休む。この繰り返しです。そして、手術から約1年後、ついにマウンドからの投球が許可されます。ブルペンでキャッチャーを座らせて投げる一球の重みは、経験した者でなければ分からない、特別なものでしょう。

この長い道のりにおいて、肉体的な回復と同じくらい、あるいはそれ以上に重要なのがメンタルケアです。仲間が試合で活躍する姿を横目に、たった一人で地道なトレーニングに励む日々は、想像を絶する孤独との戦いです。「本当に元に戻れるのか」という不安が、何度も心をよぎるはずです。そんな時、家族、友人、トレーナー、そして同じ経験をした先輩など、信頼できる人々の支えが不可欠になります。彼らの励ましが、折れそうな心を繋ぎ止め、再び前を向く力を与えてくれるのです。トミージョン手術からの復活は、決して一人では成し遂げられない、チーム戦なのです。

この長く、時に過酷なリハビリの旅を終えた時、選手はただ怪我を治しただけでなく、アスリートとして、そして一人の人間として、ひと回りもふた回りも大きく成長しているはずです。その経験が、再びマウンドに立った時の、一球の重みと輝きを増してくれるのだと、私は信じています。

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