「安全な国」というイメージの強いスイス。でも、本当に手放しで安心できるのでしょうか?美しい景色に心を奪われる前に知っておきたい、スイス旅行で気をつけるべき防犯対策と注意エリアを、実体験を交えて詳しく解説します。
スイスと聞くと、多くの人が「アルプスの少女ハイジ」のような雄大な自然、清潔な街並み、そして何よりも「世界トップクラスの治安の良さ」を思い浮かべるのではないでしょうか。私もその一人でした。実際に訪れると、そのイメージは決して裏切られることなく、どこを切り取っても絵葉書のような美しさが広がり、人々は穏やかで親切。旅をするには最高の国だと、今でも心から思っています。
しかし、その「安全神話」を100%鵜呑みにして、日本にいる時と全く同じ感覚で過ごしてしまうのは、少しだけ危険かもしれません。外務省の海外安全情報を見ても、スイス全土に危険情報が出ているわけではありませんが、それでも「スイスは比較的治安の良い国だと思われがちですが油断こそが大敵です」という一文が、在スイス日本国大使館のウェブサイトにはっきりと記されています。これは、決して脅しではなく、旅行者だからこそ知っておくべき、大切な心構えなのです。
せっかくの素晴らしい旅行が、一瞬の不注意で悲しい思い出に変わってしまわないように。今回は、スイスの治安のリアルな情報と、旅行者が具体的に気をつけるべき防犯対策、そして特に注意したいエリアについて、私の経験も踏まえながら、少し詳しくお話ししたいと思います。
実際のところ、スイスの治安ってどうなの?
まず結論から言うと、スイスが世界的に見て非常に安全な国であることは間違いありません。世界平和度指数でも常にトップクラスにランクインしており、凶悪犯罪に巻き込まれる可能性は極めて低いと言えるでしょう。しかし、ここで注意したいのが、スリや置き引きといった「軽犯罪」の発生率です。実は、日本の驚異的な治安の良さと比較すると、スイスの一般犯罪発生率は決して低くはないのです。
スイスの連邦統計局によると、2022年の犯罪登録件数は10年ぶりに増加に転じ、その多くが窃盗などの財産犯だったと報告されています。特に、パンデミックが落ち着き、観光客が戻ってきたことで、旅行者を狙った犯罪が増加傾向にあるようです。美しい景色に夢中になったり、駅で列車の行き先を探したりしている、あのほんの少しの隙が、彼らにとっては絶好のチャンスとなります。
「自分だけは大丈夫」という根拠のない自信は、海外では最も危険な落とし穴です。私もヨーロッパの他の国で、友人がスリ被害に遭った現場に居合わせたことがありますが、「まさか自分が」と呆然とする姿は今でも忘れられません。スイスの美しい風景に心を委ねつつも、頭の片隅では常に「ここは日本ではない」という意識をしっかりと持っておくことが、安全な旅の第一歩と言えるでしょう。
旅行者が特に狙われやすい!巧妙な犯罪手口
スイスで旅行者が遭遇しやすい犯罪は、そのほとんどが金品を狙ったものです。犯人たちは非常に巧妙で、グループで役割分担をしながら、観光客の油断や親切心につけ込んできます。ここでは、代表的な手口をいくつかご紹介します。
最も多いのが、やはりスリと置き引きです。例えば、駅の券売機で切符を買っている時、後ろに並んでいた人に話しかけられ、気を取られている隙に別の仲間がバッグから財布を抜き取る。または、レストランのビュッフェで食事を取りに席を立った一瞬に、椅子に掛けておいた上着やバッグが消えている。これらは、残念ながら本当によく聞く話です。特に、ホテルの朝食会場は「宿泊者しかいない」という安心感から気が緩みがちですが、実際には部外者も簡単に出入りできるため、格好のターゲットにされてしまいます。

電車内での犯行も後を絶ちません。発車間際に「荷物を網棚に乗せてあげるよ」と親切を装って近づき、手伝ってもらっている間にバッグの中身を抜き取られたり、あるいは荷物ごと持ち去られたりするケースも報告されています。また、複数人組がわざと小銭をばらまいたり、ケチャップのようなものを服に付けて「汚れていますよ」と注意を引いたりして、旅行者が混乱している隙に犯行に及ぶという、非常に悪質な手口もあります。見知らぬ人からの過度な親切には、少しだけ警戒心を持つ勇気も必要です。
最近では、クレジットカードの不正利用に関するトラブルも増えています。ATMの操作に困っているふりをして「手伝ってほしい」と声をかけ、カードを差し込んだ隙に暗証番号を盗み見し、後で偽のカードとすり替えて現金を引き出す、といった手口です。どんなに困っているように見えても、安易に他人のカード操作を手伝ったり、自分の暗証番号を他人に見せたりすることは絶対に避けるべきです。
ここは特に注意!警戒すべきエリアと場所
スイス全土が危険というわけでは決してありませんが、やはり犯罪が多発する「ホットスポット」は存在します。旅行中は、以下の場所にいる時に特に意識を高く持つようにしましょう。
まず、ジュネーブとチューリッヒの二大都市は、他の都市に比べて犯罪発生率が高い傾向にあります。特に、**中央駅(コルナヴァン駅、チューリッヒ中央駅)**とその周辺、そして空港は、常に多くの人でごった返しており、スリや置き引き犯が最も活動しやすい場所です。列車の乗り降りや、エスカレーターでの移動中など、人と体が密着する場面では特に注意してください。
次に、公共交通機関の車内も油断は禁物です。特に、観光客が多く利用する景色の良い路線や、国際列車の中は狙われやすいと言われています。荷物は網棚に置くのではなく、常に自分の目の届く範囲、できれば膝の上や足元に置くようにしましょう。私も列車に乗る際は、貴重品が入ったショルダーバッグは必ずコートの内側にかけ、リュックサックは前に抱えるようにしています。
その他、ホテルのロビーや朝食会場、観光名所の展望台、デパートや市場など、不特定多数の人が集まる場所はすべて注意が必要です。「ちょっとだけ」と思って荷物から目を離した、その一瞬が命取りになります。美しい景色を写真に収める時も、スマートフォンに夢中になるあまり、背後の気配に無防備にならないよう気をつけましょう。
旅の思い出を守るための具体的な防犯対策
では、具体的にどうすれば被害を防ぐことができるのでしょうか。難しいことは何もありません。少しの心掛けと準備で、リスクは大幅に減らすことができます。
1. 貴重品は分散して管理する パスポート、現金、クレジットカードなど、すべての貴重品を一つの財布やバッグにまとめるのは絶対にやめましょう。現金はその日に使う分だけを持ち歩き、残りはパスポートや予備のカードと一緒にホテルのセーフティボックスに保管するのが基本です。持ち歩く際も、内ポケットや腹巻きタイプのセキュリティポーチなどを活用し、分散させるのが賢明です。
2. バッグの持ち方を工夫する リュックサックは体の前に抱える、ショルダーバッグはたすき掛けにして車道側とは反対に持つ、といった基本的なことを徹底するだけで、スリのターゲットになる確率はぐっと下がります。ファスナー付きのバッグを選び、人混みでは常にファスナー部分を手で押さえておくくらいの用心深さがあって良いでしょう。
3.「ながら歩き」をしない スマートフォンで地図を見ながら、あるいは通話しながら歩くのは非常に危険です。注意が散漫になり、周囲への警戒がおろそかになります。道に迷った時や何かを確認したい時は、一度立ち止まり、壁を背にするなどして安全な場所で操作するようにしましょう。
4. 毅然とした態度を心がける しつこく話しかけてきたり、不自然に体を寄せてきたりする人がいたら、日本語でも良いので「ノー!」とはっきりとした態度で拒絶し、その場を離れましょう。曖昧な態度や笑顔は、相手につけ入る隙を与えてしまうことがあります。
万が一、被害に遭ってしまった場合は、パニックにならず、まずは身の安全を確保してください。そして、すぐに最寄りの警察署で盗難証明書(ポリスレポート)を発行してもらいましょう。これは、クレジットカードの停止手続きや、海外旅行保険の請求に必要となります。パスポートを盗まれた場合は、速やかに最寄りの日本大使館または領事事務所に連絡し、再発行の手続きを行ってください。
スイスは、その壮大な自然と文化が、私たちに最高のインスピレーションを与えてくれる本当に素晴らしい国です。ほんの少しの注意を払うことで、その魅力を心ゆくまで、そして安全に満喫することができます。あなたのスイス旅行が、一生忘れられない素敵な思い出で溢れることを、心から願っています。





